昭和41年01月05日 夜の御理解


(途中から)
 仰ぎ申し上げておる、桂松平大先生の御信心を現代に生かす。桂大先生の御信心を現代に生かすと云う様な言葉をもって、桂先生の信心をある場合は教学的にまたは神徳、霊徳の高い御方ではあったから、その事を研鑚検討させて貰う雰囲気がお道の教団の中に、また徳に九州のその道を継がせて頂く人達の上に、それがまあいうなら叫ばれております。 ですから、その桂先生の御信心というものが、現代に生かされると云う事は、現代にそのひれいがシャンとして、矢張り桂先生の御信心のお徳というのは、こう云う様なおかげ、働きを持っておったのであるか、云う様な働きがです、現れなければ駄目です。
 この椛目からも、バスで団体参拝を、10月の御大祭、70年でしたか、70年の記念祭におかげを蒙りました。成程3日間でしたかね、に、わたっての盛大な御祭りが小倉で御座いました。或はそういうひとつの記念祭なら記念祭と云う様な時だけに、その流れを汲んだ者があい集まって、御祭りを拝ませて頂く。成程もうそれは有り難い事ではありますけれども、あのひれい勢いというものがです、私は何時もなからなければいけないと思うのです。
 私は今日桂先生の御信心、為には先ずその桂先生の表された信心、言わばおかげの部分をです、検討するのではなくて、そういう信心がどういう信心からが生まれたかと。現代に生かすと言う事は只新しい事をいうて、おると云う事だけではなくてから、その大本を一つ尋ねて見なければならん。もう10年も前だったでしょうか。善導寺の原さんが、霊神様と拝礼なさる時に。「桂先生、桂先生というて、うちの親先生はお話になるが、大体桂先生ちいう方は、どう云う様な御信心をなさったお方であろうか」と思われた。
 そしたらね今時は、もうあのおばやけといういわゆる、くじらの皮で作ったあれを精製した訳でしょうがね。あれをちょっとこうビニールの袋にいれてから、ちゃんとしてありますから、今の若い人達は知りませんけど。私達のまだついこの頃まではですね、あれは家でありゃその、くじゃなかろうか刻んで薄く切ってそれを熱湯にさらし、または冷水にさらして、おばやけを作ったんです。丁度あのおばやけを、さらして作る様な物じゃ。というて御心眼に頂いておられますね。

(この後、違う御理解に変わるため、途中なのか、ここで終わりかは不明。この後に入っている御理解がいつのものかも不明。)